AI はサイバー攻撃を「新しく」したのではなく「安く」した
2026 年 10 月の第 1 週、国内では大手企業による不正アクセスや個人情報漏洩の公表が、ほぼ毎日のように続きました。飲食チェーンの公式アプリで約 1,078 万件、カーシェアサービスで約 660 万アカウント、アンケートサイトで最大約 95 万件。セキュリティ企業トレンドマイクロの集計では、国内の企業・自治体が公表した不正アクセスなどの被害は 9 月末時点で 600 件に達し、昨年 1 年間の 593 件をすでに上回りました。
報道では「生成 AI の悪用」が背景として挙げられています。ただ、公表された侵入経路を一つずつ見ていくと、そこにあるのは VPN 機器の既知の脆弱性、盗まれた管理用アカウント、委託先システムの管理画面といった、何年も前から知られている弱点です。AI は新しい種類の攻撃を生んだのではありません。同じ攻撃を、桁違いに安く、速く、大量に実行できるようにしたのです。この連載では、その前提に立って「どこが弱いか、何を突かれるか、どう守るか」を一つずつ見ていきます。

目次全 9 章
TL;DR
- 2026 年 1〜9 月に公表された国内の不正アクセスは 600 件で、過去最多ペース。
- 公表された入口は、既知の脆弱性・盗まれた認証情報・委託先といった従来型の弱点。
- AI が変えたのは攻撃の経済学。偵察から侵入・窃取までを AI が自動で回し、人間は判断を数か所で下すだけになった。
- その結果、これまで「狙っても割に合わなかった」中小規模の組織も標的になった。
- 守り方の優先順位は変わらない。変わったのは、対策を先送りできる猶予が消えたこと。
何が起きているのか
9 月末から 10 月初めにかけて公表された事案は、業種も規模もばらばらでした。政府の業務基盤では、外部からの保守に使っていた VPN 機器の脆弱性を突かれ、職員らの個人情報約 24.6 万件が漏れた可能性があります。証券会社や時計メーカーなど 5 社は、問い合わせ対応に使っていた同じ FAQ システムの管理画面に不正ログインされ、問い合わせ記録が流出した可能性を発表しました。アンケートサイトでは、会員のポイントが本人の意思と関係なくギフトコードに交換される被害も出ています。
共通しているのは、攻撃者が特別な技術で守りを破ったのではなく、開いていた扉から入ったという点です。更新されていない機器、使い回された認証情報、自社の管理が届きにくい委託先のシステム。いずれも、セキュリティの教科書の最初の数ページに書かれている弱点です。
一方で、件数の増え方は異常でした。複数のセキュリティ企業が「7 月以降に被害が急増している」と指摘し、捜査関係者も「以前はハッキングに専門知識が必要だったが、AI の登場で技術的な知識がなくても可能になった」と述べています。弱点が昔のままなのに、件数だけが急に増えた。この食い違いを説明するのが、攻撃のコストの変化です。
弱点は昔のまま、変わったのは攻撃の経済学
攻撃者にとって、攻撃は投資です。標的を調べ、弱点を探し、侵入し、価値のあるデータを見つけて持ち出す。この一連の作業には、これまで熟練した人間の時間が必要でした。そのため攻撃者は、手間に見合う見返りがある標的、つまり大企業や金融機関を選んできました。中小規模の組織が比較的狙われにくかったのは、守りが堅かったからではなく、割に合わなかったからです。
AI はこの前提を崩しました。AI 開発企業 Anthropic が 2025 年 11 月に公表した報告では、国家支援を受けたとみられる攻撃グループが AI エージェントを使い、攻撃作業の 80〜90% を AI に実行させていました。人間が判断を下したのは、1 回の攻撃あたり 4〜6 か所程度だったとされています。同社が 2026 年 9 月に公表した脅威レポートは、さらに踏み込んで「高度な攻撃に、もはや高度な攻撃者は必要ない」とまとめています。
人間の作業時間がほぼゼロになれば、1 件あたりの攻撃コストは劇的に下がります。すると、これまで採算が合わなかった標的にも手を出せるようになります。大企業 1 社を数か月かけて狙う代わりに、弱点を持つ組織を数千社まとめて自動で探し、入れたところから順に持ち出す。標的の選び方そのものが変わったのが、2026 年秋の状況です。
AI が自動化した攻撃の各段階
同じ脅威レポートには、AI が攻撃のどの段階を担っていたかが具体的に書かれています。
まず、鍵の収集です。ある犯罪グループは、公開されている Android アプリ約 180 万本を自動でダウンロードして解析し、アプリの中に埋め込まれていた API キーや認証トークンを探し出しました。開発者が「アプリの中なら見えないだろう」と置いた鍵が、機械的に回収されたのです。
次に、侵入後の拡大です。同じ報告書には、盗まれた開発者用トークン 1 本から、約 3 時間でクラウド環境全体の管理者権限に到達した侵入が記されています。人間なら数日かかる調査と権限の拡大が、数時間で終わったことになります。また別の事例では、SaaS 事業者に侵入した攻撃者が、その顧客である約 200 の組織からデータを持ち出していました。1 か所の入口が、その先にある多くの組織への入口になったのです。
さらに、守りへの適応です。別の攻撃グループは、自分たちのマルウェアがセキュリティ製品に検知されると、AI がそれを自動で書き換えて再配備する仕組みを動かしていました。防御側が検知ルールを作るより速く、攻撃側が姿を変えてしまうのです。脆弱性の探索も同様で、機器のファームウェアを AI に繰り返し解析させ、1 か月で 10 件以上の未知の脆弱性候補を見つけた例も報告されています。
ここで注意したいのは、2026 年 10 月の時点で、国内の個別事案に AI が使われたと確認された例は公表されていないことです。国内事案と AI を結びつける報道は、件数の急増と世界的な傾向からの推定です。ただ、入口が従来型の弱点であることと、AI が安くしたのがまさにその従来型の弱点を探して突く作業であることは、矛盾なく一致しています。
守り方の優先順位は変わらない、猶予が消えた
AI による攻撃が増えたと聞くと、AI で守る新しい製品が必要だと考えがちです。しかし、入口が昔からの弱点である以上、最初にやるべきことも昔から変わりません。変わったのは、それを先送りできる時間です。以前なら「いつか狙われるかもしれない」で済んでいた弱点が、今は自動化された探索によって、公開から短期間で見つけられます。
優先順位は、おおむね次の順で考えるのが現実的です。第一に、認証情報を守ること。コードや資料に鍵を書かない、管理者のログインにはパスキーなど 2 つ目の要素を必須にする、権限は用途ごとに分けて最小限にする。第二に、既知の脆弱性を早く塞ぐこと。特に VPN 機器のように外部に面した機器は、更新の遅れがそのまま侵入口になります。第三に、委託先を含めた入口の棚卸しをすること。自社の外にある管理画面も、自社の入口です。
そして第四に、侵入に気づける状態を作ることです。今回の事案でも、侵入から発覚まで数週間から数か月かかった例がありました。誰がどれだけのデータを読み出したかを記録し、普段と違う量の読み出しに気づける仕組みがあれば、被害は小さく抑えられます。最後に、持たなくてよいデータを持たないこと。本人確認書類の画像を何年も保管していなければ、それが漏れることもありません。
もう一つ、使いやすさとの両立にも触れておきます。守りを厳しくしすぎると、現場は抜け道を作ります。パスワードを複雑にしすぎれば付箋に書かれ、承認手続きを増やしすぎれば承認が形だけになります。指紋や顔で済むパスキーのように、安全な方が楽な仕組みを選ぶことが、結果的に最も強い守りになります。
OS iXanagi は、どう守っているか
ここまで挙げた守り方を、私たちが作っている OS iXanagi ではどう組み込んでいるかを書いておきます。「気をつけます」という約束ではなく、仕組みとしてそうなっていることだけです。
鍵を守る。 決済や外部サービスにつなぐための鍵は、強い暗号で封をして保管しています。プログラムの中に鍵を書き込むことは禁止し、自動の点検で見つけます。ブラウザの拡張など外部の道具に渡す鍵は、できること・使えるブランド・期限を絞れます。持ち主の役割が下がれば、その人が出した鍵も同時に弱くなります。
入口を絞る。 公開と決めた入口を除いて、ログインしていない依頼は通りません。どの会社のデータを扱うかは、依頼に書かれた内容ではなく、ログインした人の所属で決まります。ページを読み込むときに社内向けの住所へ取りに行くことはなく、短い時間に届く依頼の数には入口で上限を設けています。
AI に権限を渡しすぎない。 AI は下書きや案を出しますが、送信・公開・お金・削除は、人の承認か、人が範囲・予算・期限を決めて任せた範囲でだけ起きます。承認のあとに動くのは AI ではなく、決まった手順のコードです。誰が頼み、AI が何をして、誰が承認したかは記録に残ります。
持たなくてよいものは持たない。 録音は文字にしたあと音声を残しません。預かったデータで AI を学習させることもしません。
守れていると言うために、私たちは自分たちで実際に攻撃を試し、止まったことを記録しています。一方で、大規模な集中攻撃や、ログイン情報そのものの漏れのように、仕組みでは守りきれないこともあります。それは セキュリティのページ に正直に並べています。
明日からの一歩
個人として利用者の立場でできることは、パスワードを使い回さないこと、使えるサービスではパスキーや二段階認証を有効にすること、そして漏洩を公表した企業を名乗るメールや SMS に慎重になることです。漏れた氏名とメールアドレスは、次の詐欺の材料として使われます。
中小規模の組織であれば、まず「外から入れる扉」の一覧を作ることから始めてください。VPN 機器、リモートデスクトップ、クラウドの管理画面、委託先が運用しているシステム。それぞれについて、最新の状態か、管理者のログインに 2 つ目の要素があるか、誰が管理しているかを確認するだけでも、今回のような事案の多くは防げた可能性があります。
開発者であれば、自分のリポジトリやアプリに鍵が埋め込まれていないかを、今日のうちに機械で確かめてください。攻撃者はすでに機械で探しています。見つかった鍵は、消すだけでなく必ず失効させてください。一度公開された鍵は、消しても誰かの手元に残っています。
この連載では、次回以降、ここで挙げた弱点を一つずつ取り上げ、何が突かれ、どう守るかを具体的に掘り下げていきます。
よくある質問
今回の国内の漏洩は、AI による攻撃だったのですか?
2026 年 10 月時点で、国内の個別事案に AI が使われたと確認・公表された例はありません。AI の関与は、件数の急増や海外の確認済み事例からの推定です。ただし、公表された侵入経路は、AI が自動化しやすい種類の攻撃と一致しています。
AI を使った攻撃には、AI を使った防御が必要ですか?
有効な場面はありますが、最優先ではありません。入口が既知の脆弱性や盗まれた認証情報である以上、まず必要なのは更新、認証の強化、権限の最小化、検知の仕組みといった基本です。AI による防御は、その土台の上で効果を発揮します。
中小企業でも本当に狙われるのですか?
狙われやすくなっています。AI によって 1 件あたりの攻撃コストが下がり、これまで割に合わなかった規模の組織にも攻撃が広がっています。規模ではなく、開いている扉があるかどうかで選ばれると考えるべきです。
何から始めればよいですか?
外部から入れる入口(VPN、リモート接続、クラウドの管理画面、委託先のシステム)の一覧を作り、それぞれが最新の状態か、管理者ログインに 2 つ目の要素があるかを確認することから始めてください。
出典
- トレンドマイクロ調べ(共同通信配信)「国内の不正アクセス、最多ペース」2026-10-06
- NHK「個人情報流出なぜ相次ぐ? “異様な状況” AI 悪用可能性の指摘も」2026-10-06
- Anthropic, "Countering misuse of AI: September 2026"(2026-09-10)
- Anthropic, AI オーケストレーションによるサイバー諜報活動の報告(2025-11)
- デジタル庁「ガバメントソリューションサービスへの不正アクセスによる個人情報の漏えいの可能性に関するお知らせ」2026-09
- ITmedia NEWS「シチズン時計、委託先への不正アクセスで約 10 万人分の個人情報漏えいか」2026-10-06
- 物語コーポレーション「『焼肉きんぐ』公式アプリ 会員管理システムへの第三者からの不正アクセスによる個人情報漏えいに関するお詫び」2026-10-05





